Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


第1回(2006年)政治経済学・経済史学会賞
The 2006 Political Economy and Economic History Society Prize


1.授賞作品と会員氏名
崔 在 東、「ストルィピン農業改革期ロシアにおける私的所有・共同所有および家族分割」(『歴史と経済』第178号、2003年1月)など一連の論文(*)
植田浩史、『戦時期日本の下請工業』(ミネルヴァ書房、2004年2月)
2.授賞理由

崔在東氏の連作論文は20世紀初頭ロシアにおけるストルィピン農業改革の本格的研究である。ストルィピン農業改革については、これまでさまざまな視点から多くの研究があるが、この研究はロシア国立公文書館、モスクワ市公文書館、ロシア連邦国立公文書館の文書、政府やゼムストヴォの刊行物、同時代の雑誌、新聞などに基づいて、改革期の土地利用・土地所有・農民協同組合などを分析した労作である。

 まず土地利用について、論文1では、改革前に共同体の枠内で牧草播種=多圃輪作制がゼムストヴォの技術援助によって進められていたが、必ずしも生産性の向上の面で成果を挙げ得なかったこと、論文2では改革の開始後土地整理委員会によって区画地経営の創出が図られるとともに、共同体の牧草播種の導入が困難になっていくことが明らかにされ、論文3で第一次世界大戦期に土地整理事業は1917年2月革命まで変わることなく推進され、農民の反感と土地の追加配分への要求を強めたとしている。

 ついで土地所有について、改革による土地の私的所有権の導入がどう行われ、どういう問題を引き起こしたか、伝統的な家族関係にどのような変化と混乱をもたらしたかについて、論文4では広範に形成された私的所有分与地が私有地でありながら共同体的な分与地でもあるという二重性をもち、土地測量や登記手続きなどに曖昧性を残していたことが指摘され、論文5では遺言と相続について、具体的ケースを挙げつつ地域慣習と一般民法の狭間で、中央と地方、また行政と司法において混乱が引き起こされたことを明らかにしている。論文6では戸主の排他的所有権の導入によって、伝統的な家族所有が解体を迫られ、広範な家族分割と家族内のさまざまな対立、混乱を引き起こしたこと、家族分割の行政・司法上の処理は、共同体的所有地の場合は結局村スホードの事前許可を、私的所有地については戸主の許可・同意を要求する方向で処理されたことを解明している。なお、論文7では、区画地経営のフートル経営、オートルプ経営が実際にどのような経営条件にあったかを解明したのち、統計に基づきながら登録戸主数の増加および経営細分化傾向が検討され、排他的私的所有権を確立し、体制確保を意図した改革が家族分割と経営細分化を促し、かえって体制の基盤を危うくしたことを解明している。論文8では、改革期の農民協同組合運動について、農民酪農組合の活動の意義を分析している。

 これらの連作論文は、ストルィピン農業改革が、1905年革命後、ロシア農村に西ヨーロッパ型の私的所有農民を創出・確立し、政権基盤を再建する意図で実施されたにもかかわらず、共同体関係の強固な支配から脱却できなかっただけでなく、家族分解と経営細分化を促進し、かえって政権基盤を弱体化させたことを明らかにしている。これまでほとんど手がつけられていなかった、農民家族所有、共同体と農民の関係、村、地方、中央の行政・司法関係について、豊富な一次資料の発掘と本格的活用に基づく詳細かつ丁寧な分析であり、ストルィピン農業改革ならびに近代ロシアにおける農民共同体・農民家族に関する研究水準を上昇させた画期的研究といえる。無割替え共同体への注目や、創出された区画地経営の実態の分析、戸主個人に私的所有権を認めたために共同体から脱退した農民家族内部にもたらされた甚大な変化、広範な家族分割の進行などの諸事実を明らかにしたことは顕著な功績である。

 以上の理由により、本連作論文は学会賞を授与するにふさわしい優秀な研究と認められる。



植田浩史氏の著書は、戦前機械金属工業生産が頂点に達した戦時期における機械金属工業を中心に、下請け・協力工業の実態を、受発注側の動きと政府の統制による政策的対応の二つの面から検討した研究書である。

序章「課題と問題意識」、1−3章で1930年代の機械金属工業の展開と下請工業を分析し、4−5章では戦時統制下の下請=協力工業政策の形成と展開および挫折を考察し、6−8章で下請・協力関係と政策的に進められた下請=協力工業整備の展開過程を一次資料(『国策研究会文書』、『協力工場名簿』、『協力工業台帳』等)に基づいて検討し、補章で自動車部品工業と下請工業を戦前から戦時にかけてフォローし、終章でまとめを行うと同時に戦後の下請・サプライヤシステムの展開について展望している。

戦時期における下請=協力工業研究に関する著者の結論は、「中小企業を大量動員した戦時期下請・協力工業は、日本の中小企業発展の一つの道を閉ざし、強制的に軍需生産に動員することで中小企業の近代化を図ろうとしたプランに基づき作り上げられようとされたが、そのプランは実現されることなく、戦時生産の崩壊と共に消滅していった」「1980年代以降特徴づけられる日本的な下請・サプライヤシステムとは高度成長期以降の条件の中で形成されたものと考えるのが妥当である」とするものであり、この時期の状況を明らかにすることによって、戦後あるいは高度成長期の意味を改めて問うことが可能になる、としている。

 本書の功績は、全構造的把握への目配りを堅持しつつ、下請工業について戦前・戦時・戦後にわたる検討を行ない、戦時期の下請工業をそれ自体として当時の歴史に即して位置づけた点である。その結果、1980年代以降に現れた「日本的経営システム」、その一環としての日本的下請(サプライヤ)システムの源流を戦時期に求める「通説」を、戦時期の下請=協力工場と政策の分析を通じて論破することになった。著者の結論は、「高度成長期における変化が決定的な意味をもっていたのであり、戦時期の変化を過大評価することは出来ない」、「戦時期の変化は戦時期という特殊な条件において成立した」と考えるべきであるというものである。また、戦後に国際的な広がりをもって展開されている「日本的サプライヤシステム」研究の空白を埋める研究、としても高く評価しうる。

 本書の成果は、著者が日本経済史の研究者であると同時に「下請中小企業」の現状分析の研究者でもある、という独自の視点によってもたらされた、といえよう。戦後の「下請中小企業」の現実を知悉しているからこそ、戦時期との質的な差異をよく弁別しえたのである。また、「当時の歴史的条件に即した分析によって、いかなる下請制が存在していたか」を比重正しく検証する、経済史家としての確かな方法論にも裏付けられている。なお、初めて封を切った大部な一次資料(『国策研究会文書』、『協力工場名簿』、『協力工業台帳』)や、研究対象と同時代の先行研究者であった豊崎稔・藤田敬三・小宮山琢二たちが全国から収集した貴重な資料を活用し、彼らの研究成果をも継承している点も特筆すべきである。

 以上の理由により、本著作は学会賞を授与するにふさわしい優秀な研究と認められる。

2006年10月28日
学会賞選考委員会
原 朗(委員長)、藤瀬浩司、中野一新、久保新一、柳沢 悠



(*)

論文1「20世紀初頭のロシアにおける牧草播種:モスクワ県を中心として」(『社会経済史学』第62巻第1号、1996年4−5月)

論文2「ストルィピン農業改革とモスクワ県ゼムストヴォ:牧草播種の導入と区画地経営への農業技術援助をめぐって」(『土地制度史学』第152号、1996年7月)

論文3「第一次世界大戦期ロシアにおける土地整理政策」(東京大学経済学会『経済学論集』第64巻第2号、1998年7月)

論文4「ストルィピン農業改革期ロシアにおける『私的所有分与地』:土地所有権に関する一考察」(東京大学経済学会『経済学論集』第65巻第4号、2000年1月)

論文5「ストルィピン農業改革期ロシアにおける遺言と相続」(『ロシア史研究』第71号、2002年10月)

論文6「ストルィピン農業改革期ロシアにおける私的所有・共同所有および家族分割」(『歴史と経済』第178号、2003年1月)

論文7「ストルィピン農業改革期ロシアにおける区画地経営」(『スラブ研究』第50号、2003年4月)

論文8「20世紀初頭ロシアにおける農民酪農組合:モスクワ県ゼムストヴォ農業技術援助組織活動の決算」(『社会経済史学』)第70巻第1号、2004年5月

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