Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


第3回(2008年)政治経済学・経済史学会賞
The 2008 Political Economy and Economic History Society Prize


1.授賞作品と会員氏名
平井進『近代ドイツの農村社会と下層民』(日本経済評論社、2007年2月)
森田貴子『近代土地制度と不動産経営』(塙書房、2007年2月)
2.授賞理由

ドイツ経済史研究においては農村社会史研究が一つの流れを形成しており、近世以降の農村に大量に堆積していた下層民をめぐる問題の重みが大きな論点になっている。農村社会史研究にはすでに内外ともに有力な研究があるが、平井進氏の著書はこの領域に新しい接近ルートを切り開こうとした意欲的な研究である。本書の特徴と独創性は、北西ドイツ・オスナブリュック地方を対象に選び、下層民の定住をめぐる管理と統制の実態という未開拓の領域に歴史研究の光を当てることによって、農村社会の変容を明らかにしようとしているところにある。また、17世紀から19世紀中葉までの長期を扱っていること、オスナブリュック文書館を初めとするドイツ各地の歴史文書館に所蔵されている多くの未開発の第一次史料に依拠していることも、本書の大きな特徴である。

著者は、@領邦当局、A村落共同体(ゲマインデ)、Bこの共同体の構成員である個々の農場保有者、C下層民、なかでも自らの住居・農場をもたず、農場保有者の借家に住む借家人「ホイアーリング」の、4者の関係の変化を、下層民の定住管理問題という視点から、近世前半・後半、近世末、3月前期、3月革命期と、時期を追って明らかにする。

裁判権と課税権をもつ領邦当局は、最初は課税の対象として、次に救貧・治安問題とのかかわりで、そして最後に共有地分割と農村工業の危機によって生じたホイアーリングの窮乏化問題とのかかわりで、それぞれホイアーリングの定住問題に介入しようとした。著者は、序章で周到な研究史の整理を行ったあと、第一章、第二章、第三章において、この複雑で錯綜した歴史過程を綿密に跡づける。そして、当局はホイアーリングの定住問題に段階を追って直接的に介入できるようになったものの、ゲマインデについては18世紀末にいたるまで、また個々の農場保有者については3月革命前夜にいたるまで、制度と実態(とりわけ実態)において下層民の管理を確保していたことを明らかにする。こうして著者は、3月革命前夜にいたるまで、オスナブリュック地方では農場保有者の「自律性」が確保されていたという結論を導く。

この「自律性」が大きく制限されるようになるのは3月革命期である。第四章では、下層民の騒擾と請願運動を背景にして、領邦当局による監督と支援のもとに、個々の農場保有者によるホイアーリング受入れにたいする監視・監督制度が導入される過程が明らかにされる。そして著者は、この新しい農村地域管理制度を生んだ3月革命期を、「近世以来の下層民問題の帰結点であったと同時に、民衆の生活を監視しつつ、それを統合しようとする統治様式の一部としての近代農村自治の成立に向けた転換点であった」と評価する。

本書は、ドイツ農村社会史研究に下層民の定住管理問題という新しい研究領域を開き、領邦国家にたいして村落共同体が、また両者にたいして農民がそれぞれ長期にわたって自立性を確保していた事実を明らかにしたことで、とくに高い評価に値する。また、提示された論点や史実のなかに3月革命史研究の新たな展開を促すような視点や材料が含まれていること、「社会国家」の一部をなす近代農村自治の歴史的起源について仮説的ながら積極的な見解が示されていることなど、本書の研究史にたいする貢献は大きい。

本書はファクツ・ファインディングにおいても秀でている。原史料から引かれた豊富な事例によって、村落社会の実像と、それがさまざまな経済的・政治的諸要因に媒介されて変容していく過程が鮮やかに描き出されており、ここに本書の大きな魅力がある。制度よりも実態に注目するという歴史研究の王道に忠実であろうとする著者の意図がよく生かされていると言ってよい。史料の操作や読込みには合理性があり、また課題設定が明確で構成と論理がしっかりしていることも、本書の優れた点として評価できる。

以上の理由により、本書は学会賞を授与するにふさわしい優れた研究と認められる。



 森田貴子氏の著書は、1870年代に近世の不動産に関する規制が撤廃されてから、1898年に民法が施行されるまでの時期について、土地制度と不動産経営の実態を、都市に焦点を当てて解明しようとした研究である。近代日本における土地制度の研究は主として農村における「耕地」に限定されてきた。本書はこうした研究史の限界を乗り越えるべく、都市の宅地も農村の「耕地」も統一的に把握されなければならないとする立場に立ち、裁判所の判例にまで立ち入って、課題に取り組んでいる点に大きな特徴がある。

 第一部「土地制度」は4つの章からなり、不動産貸借に関する法制度の整備と司法の対応が扱われている。著者はまず、法制度の枠組みの変化を近世から民法施行までの時期について検討し、近代的な行政機構の生成とともに不動産貸借をめぐる契約自由の原則が定着するようになった事実を確認する。次いで、明治10年代の東京市街地における土地移動を分析し、不動産経営が利回りの良い経営になっていたこと、土地価格の上昇によって投資対象としての土地所有が人々の間で広く認識されるようになったことを明らかにする。また不動産貸借関係における紛争事例の検討からは、貸借関係における「伝統的」ないしは「封建的」関係がしだいに崩れ、近世期に借地人・借家人の身元保証と債務保証を行っていた請人は債務保証のみを請け負う保証人となり、借地期限の明記や地代家賃の引上げを可能にする経営上の契約関係へと移行していったこと等を明らかにする。そして最後に、著者は三菱の深川における不動産経営を取り上げ、三菱が自己所有地からの借地人の立退きを求める訴訟を起こした際、裁判所が近世期の「地受状」文言を継承した「借地証」約款を認めず、三菱に建物の移転費用の負担を求めたことなど、近代的な不動産貸借関係の形成過程を検証する。

 第二部「不動産経営」は3つの章から構成されている。ここでは、三井組による東京市街地における不動産経営の改革と三菱の不動産経営投資における東京と新潟の事例が比較検討され、不動産経営改革が実施された経緯が明らかにされる。三井組の事例研究では、著者は、不動産経営が近世期の情誼を中心とする「恩恵的」な貸借関係から契約にもとづく貸借関係に移行し、それが三井の不動産経営の近代化を促進していったことを明らかにし、また三菱の東京の事例では、不動産買入と丸の内の土地払下げを検討し、三菱が明治中期から土地開発を行い、建物を造成し、自らが地代家賃価格を押し上げていったという不動産経営の実態と変遷に光を当てる。一方、三菱の新潟県の事例では、小作米収入を目的にした土地経営を検討対象に据え、それが不動産経営企業としての着実な利潤計算に基づく投資であったことを明らかにしている。

 本書は、これまで研究が乏しかった明治期における都市の不動産所有・取引に関する研究水準を大きく引き上げた研究である。裁判記録と経営史料というまったく性格の異なる2種類の史料を巧みに使いこなしていることからもわかるように、著者は、史料操作において優れた資質と力量を備えている。また、多岐にわたる個別の実証を、近世の情誼的な不動産貸借関係から契約的な貸借関係への変化という歴史の大きな流れの中に位置づけており、問題意識は鮮明であり、内容も統一がとれている。本書は、問題意識・課題設定と実証の両面において高い評価に値する。

 著者は、本学会をはじめとする日本の諸学会が長年にわたって積み重ねてきた土地所有制度や地代範疇に関する研究と正面から向き合うよりも、むしろ、従来の研究の空白を埋めることに力を注いでいるが、今後、さらに研究を発展させ、土地制度史の再検討に取り組むことを期待したい。

 以上の理由により、本書は学会賞を授与するにふさわしい優れた研究と認められる。

2008年10月25日

学会賞選考委員会
権上康男(委員長)、浅井良夫、後藤光蔵、西川博史、福田泰雄


日 会員総会改正