Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


第4回(2009年)政治経済学・経済史学会賞
The 2009 Political Economy and Economic History Society Prize


1.授賞作品と会員氏名
岩間俊彦『イギリス・ミドルクラスの世界-ハリファクス,1780-1850-』(ミネルバ書房、2008年)
宮地英敏『近代日本の陶磁器業-産業発展と生産組織の複層性-』(名古屋大学出版会、2008年)
2.授賞理由

 授賞理由(1)

 岩間俊彦の著書は、産業革命期イギリスの毛織物工業都市ハリファックスにおけるミドルクラス(中産諸階級)を対象として、その経済的社会的状況ならびに政治的領域、「公共制度」(地方行政組織、経済的商業的組織、ヴォランタリ・ソサイアティ)等における活動と役割について、データーベースに基づいて実証的に分析した研究であり、全体は5つの章と序章・終章にデーターベースに関する補論を加えた構成となっている。

 18世紀後半から19世紀前半のハリファックスという地域社会に焦点を当ててミドルクラスの世界を検討するという本書の問題関心は、同時代のこの階級の行動様式や価値認識、さらにこの階級そのものが地域社会における社会的権力の働きや仕組みを通じて初めて形成され得たという理解に基づいて、地域社会における中産諸階級の社会関係・社会認識の実態を解明する点にある。

 豊富な一次史料を駆使した実証分析の結果、とりわけ次のような重要な事実が明らかにされた。先ず、中産諸階級の経済社会状況の検討から、産業構造の多様化と並行して上層中産諸階級と下層中産諸階級という2つの集団への分化が見られた。次いで、下院議員選挙やさまざまな政治運動への参加を通じて政治領域における彼らの活動を検討した結果、中産諸階級の上層と下層の間の不安定な関係の実態が浮き彫りとなる。さらに、彼らは行政組織やヴォランタリ・ソサイアティのような公共制度に積極的に参加し、そこにおいて自らの資本・社会関係・イデオロギーを通じて権力を確立した。たとえば、地方税の支払い、商業団体への出資、ヴォランタリ・ソサイアティへの拠出金と寄付は彼らを労働者階級と区別する重要な手段であった。貧民・失業者救済を目的としたヴォランタリ・ソサイアティへの拠出金は貧民・労働者との区別に作用しただけでなく、拠出金・寄付の多寡に基づく階層秩序を通じて富裕層の権威を明確にした。また、公共制度における積極的な役割とその統治に対する確たる信念に基づいて、彼らは地域社会の安定に重要な役割を果し、さらにこの時期に出現した自由主義、社会改良、すべての階級間の調和的社会などのイデオロギーは、彼らにとって公共制度の効果的統治や改善・発展を進めるための重要な資源となった。

 本書の視点の特徴は、データーベースを駆使して、「ミドルクラスの世界」を経済、政治、社会、文化の諸領域の相互関係の中で「総体」として実証的に解明した点にある。周知のように、「中産的社会層」は、資本主義成立期に関するわが国の「比較経済史学」研究における基軸的概念であり、また近年のイギリス史学界では近世における「ミドリングソート」の果した役割が指摘されている。したがって本書のテーマは、わが国の経済史研究にとって基本的なテーマについて、産業革命期を対象に地域研究として展開したものと高く評価できる。また、近年、産業革命期研究の関心の重点は都市史、社会史に移っているが、本書は都市史や市民社会形成史についても貴重な知見と事実をたくさん提供しており、福祉国家史や都市史の比較研究といった経済史研究の新しいテーマと多くの接点を持った業績としても有意義である。



授賞理由(2)

 宮地英敏の著書は、明治初年から両大戦間期の日本の陶磁器業の推移を分析した実証分析の成果であり、9つの章と1つの補論を含み、これに序章と終章を加えて構成されている。

 本書の問題意識は、近代の日本経済において在来産業と近代産業がどのような関係にあったのか、具体的には支配従属関係か、相互依存関係か、棲み分け関係かについて明確にすることであり、それに答えるために、3つの異なる生産組織、すなわち@問屋制家内工業、A小工場、B機械制大工場が「同一産業内に内包されている陶磁器業」を分析するという課題が設定されている(序章)。

 分析の前提として生産性を規定する工程ごとの特質や、技術革新の内実が検討されているが(第6章)、技術革新の経営的意義が重視され、同じ内容の技術革新であっても生産組織の相違によってその経営的意義が異なっていることが明らかにされている(第1章)。また陶磁器業の特質であった輸出比率の高さについては、その特徴の形成過程にそくして説明されている(第2章)。

 小零細経営については、高級品に特化し名工依存であった京都と薄利多売の安価な日用品を生産した東濃地域という対照的な2つの産地が取り上げられ、後者については、職人が窯屋から独立することによって零細業者の増加が継続したこと、窯屋は問屋から前貸金融を受けていたこと(第4章)、小生産者と問屋との関係は共存的であったことが主張されている(補論)。

 中小経営の代表地である瀬戸については、その陶磁器業が小工場にとどまり機械制大工場に進まなかった根拠が検討されているが、アメリカ市場における中下級装飾品への限定、中国産品との競争難等の下での市場確保努力が重視されている(第5章)。

 機械性大工業についてはその失敗事例(第7章)と成功事例(第8章)が対比的に分析されており、特に陶磁器の直輸出業者であった森村組が、製品の品質の安定化を意図して生産部門を内製化して成功した過程が重点的に明らかにされている。

 続いてこうした生産組織の併存状況の下で、第1次大戦期にアジア市場が一挙に拡大し、再編成が進行する経緯が分析されている。輸出急増に支えられて大機械工場が増加するが、それらは半製品を中小・零細企業から購入してそれに上絵付けを施して輸出したこと、それに対応して瀬戸・東濃の企業の経営が変化し、全工程を内製化するもの、衛生陶磁器等の新製品に進出するもの、半製品の供給業者となるもの等に分化したとされ(第9章)、異なる生産組織の間に「棲み分け関係から・・・分業関係」への再編が進行したと結論付けられる(終章)。

 以上のように本書は、陶磁器業の主要な産地と代表的企業の経営実態を一次資料にもとづいて具体的に解明し、当該産業の構造と動態について明快なイメージを提示するとともに、日本経済全体として異なる生産様式の生産主体が並行的に存続しえた根拠に接近しようとした労作といえる。

2009年10月24日

学会賞選考委員会
福田泰雄(委員長)、加瀬和俊、後藤光蔵、西川博史、廣田功


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