Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


第6回(2011年)政治経済学・経済史学会賞
The 2010 Political Economy and Economic History Society Prize

 

1.授賞作品と会員氏名
(1) 石井聡『もうひとつの経済システム−東ドイツ計画経済下の企業と労働者−』(北海道大学出版会、2010年)
(2)小堀聡『日本のエネルギー革命−資源小国の近現代−』(名古屋大学出版会、2010年)
2.授賞理由

 授賞理由(1)
 本書は、20世紀世界経済の重要な構成部分=もう一つの経済システムであった「社会主義」経済を客観的・具体的に明らかにする作業に取り組んだものである。その際、従来の社会主義研究にみられた欠陥、すなわち、@特定の理論で現実を割り切ったり、表層的な政策・制度の変化の追跡に止まり、複雑な諸要素の分析にまで立ち入らないこと、A全体主義というレッテルを貼って一面的に理解するだけに止まり、そこに生きた人々の実際の営みや「等身大の姿」を実証することを怠ることを批判して、労働者が働き、日常生活を営む企業現場=経済・社会の基底部分から「社会主義」を捉えなおすことを意図している。
 本書が注目する第1の視点は効率性である。「社会主義」計画経済が市場経済に劣っていた労働生産性に焦点を当てながら、企業現場における問題発生メカニズムを解明し、「社会主義」計画経済が崩壊へと向かった要因を具体的に解明することに挑戦した。このために、「社会主義」諸国の中でもとくに重化学工業が優勢であり、経済成長が最も著しかった1950年代半ばまでの東ドイツの造船業を取り上げ、設備能力と労働力の面から労働生産性低迷のメカニズムの検証を行った。
 第2の視点は、労働者の自律性である。これまでの研究では十分に光が当てられてはこなかった、社会主義体制が長い期間にわたって存在し続けた要因に着目し、全体主義という規定だけでは説明できない労働者の自立的な活動が「自由」・「人とのつながり」として企業現場に存在したこと=非効率であるがゆえに生じた現象を解明しようとした。このために、企業管理の最末端に位置づけられる作業班Brigadeに着目して、その実態を明らかにし、労働者コミュニティとしての作業班の存在が社会的安定と体制維持に貢献していた様相を描き出している。
 以上のような観点から、著者は東ドイツ経済史研究を、@マクロ経済的動向、A対ソ賠償、B技術問題、C労働問題、D造船業、に分けて概観し、本書の位置づけを明らかにしている。ドイツ統一後に新資料が公開されたこともあって、東ドイツ経済史研究は隆盛をみせており、従来の研究に比べて「下からの」分析が増加し、新たな体制像が提供されつつあるが、現場での技術の使用実態や問題点を明らかにし、それらと計画経済システムとの関連性にまで説き及ぶ研究はほとんどないとされる。そこに、著者は旧ポツダムドイツ連邦文書館などの第1次資料を活用して分析する本書の意義を見出している。
 第1の視点=課題に対する回答としては、まず、企業レベルにおける労働者の権利の縮小化という実態=経営協議会の解体と労働組合のSED下部組織化が労働生産性向上への労働者の真の合意を獲得できなかったことが指摘される。次に、計画経済のシステム的問題=計画作成の技術的困難性、中央当局による情報処理能力の限界、ソフトな予算制約、財・労働力の売り手市場状態などが、増大した生産能力が活かされないような生産計画の不十分性・不安定性、原材料・部品供給の遅れと低品質、労働者の過剰雇用、高すぎる賃金と低すぎるノルマを通じて低い労働生産性に導いたことが解明される。
 第2の視点=課題に対する回答としては、「労働力の売り手市場的状態」の中で基本的には失業を心配しなくてもよい労働者の「自由」=「労働者の天国」=管理の弛緩が、ある程度労働者の体制への統合を可能にしていたことが指摘される。労働者による作業速度の勝手な決定、高い欠勤率・遅刻・無断退社、容易に達成できるノルマなどの「自由」が一方にあり、他方には作業班を通じた「親密圏」の形成が労働者の権利を部分的には実現するとともに、余暇生活までも組織化され、労働者に「いごこちの良さ」を生み出して、体制への維持に貢献していた現実があったとされる。シュタージという抑圧組織の存在はこうした条件を補完するものとして位置づけられるというのが著者の見方である。
 やや繰り返しが多く、もう少し整理して論述すべき点や、作業班に関する研究がほとんどないといった事実誤認などの小さな弱点がないわけではないが、従来のやや「高踏的な」社会主義研究に対して実証的な領域から問題提起を行った意義は高く評価されるべきであり、学会賞に値する優れた研究と認められる。

 授賞理由(2)
 戦後日本の経済復興から高度成長への転換過程である1950年代については、近年いくつもの研究成果が出されているが、小堀聡氏の著書は、エネルギー革命の視点から1950年代史像の再検討を試みた意欲作である。石炭から石油へ、また国産エネルギーから輸入エネルギーへの転換であるエネルギー革命に対して、従来の研究では原油価格低下の要因が強調されてきたが、本書ではそうした供給面とともに需要面に注目していることが大きな特徴である。また、エネルギー革命にかかわる諸主体(政府、業界、企業、技術者、地方自治体等)の多元的な把握を行っていることも特徴の一つといえよう。
 このような特徴を生かすべく、本書は3編8章(及び序章、終章)の構成をとっている。第T編「エネルギー節約の取り組み」は3つの章からなり、需要サイドにおけるエネルギー節約技術、及び関連する政策について、第1次大戦後から1950年代前半までのやや長期の動向をたどる。キーワードは「熱管理」(工場における燃料消費効率の改善を総合的に図る技術)であり、1950年代前半に重油が注目された際に重視された概念であった。第1、2章では、大阪を起点とするエネルギー節約政策の戦間期から戦後復興期までの流れを概括し、第3章で鉄鋼業に絞って技術的発展の推移を分析する。著者によれば、日本の鉄鋼業のエネルギー節約技術は1950年代前半の時点ですでに世界最高水準に達しており、エネルギー革命を先導する役割を果たしたという。  第T編が歴史的前提を扱っているとすれば、第U編「エネルギー革命の進展とエネルギー政策」は本書の中核部分をなす。第4章では、1950年代におけるエネルギー政策の段階的展開の意味を論じている。1954年から重油消費規制政策が実施されており、これは石炭産業保護の観点から理解されてきたが、本書では、その効果は限定的であって、熱管理技術が確立していた鉄鋼部門には規制が及んでいなかったと主張している。50年代後半に入り、エネルギー需要急増の見通しが明らかになると、重油規制はさらに緩和され、1959年の政策転換に至ったというわけである。第5章は電力業における油主炭従への転換問題を扱い、「革新的な電力業界と守旧的な通産省」という通説的理解に再検討を迫り、諸主体の内部に立ち入り、年々の変化を追跡して詳細で深みのある分析を行っている。  第V編「エネルギー需要増大への対応」は、1950年代後半における業界、企業、自治体を取り上げた3つの章から構成されている。第6章では石油産業と石油政策の概観を行い、第7章ではタンカー大型化を先導した出光興産を、第8章では臨海製油所・大型造船所を先行的に建設した横浜市の事例を取り上げる。これらの章は、エネルギー革命を担った代表的主体の検討を通じて本書の分析に厚みをもたせているといえる。
 本書が高く評価できるのは、供給サイドのみならず需要サイドにも着目し、1950年代におけるエネルギー革命の複合的構造を描き出していることである。戦前以来の熱管理技術に着目し、重油をめぐる規制と促進の関係について、業界と通産省内部の事情に立ち入って詳細に分析している点は本書の強みである。  また、実証の深みという点でも本書は優れている。政府、議会、業界、企業、自治体、個人など、様々な主体にかかわる多様な資料を広範に収集し、綿密に考察していることは高く評価できる。著者が行政文書開示請求を通じて入手した通産省の内部資料が、国立公文書館に移管された際に廃棄されたといった指摘は、公文書保存制度の問題点を示すとともに、著者の資料探索活動の価値を明らかにしている。
 さらに、先行研究への率直な批判を随所で行っていること、エネルギー革命の日本史的意義を論じて1950年代史研究全般への示唆を与えていることなど、研究史への貢献もまた大きいといえる。  なお、1950年代は日本の原子力政策が開始された時代であり、本書でも当然論及されているが、力点が置かれているわけではない。エネルギー政策の大転換が目前に迫っている現在、原子力政策も含めた総合的研究の必要性は高まっており、著者の新たな挑戦に期待したい。
 以上、着想、構成、論理展開、実証などに高い評価が与えられるという理由により、本書は学会賞を授与するにふさわしい優れた研究と認められる。



2011年10月22日

学会賞選考委員会
谷口信和(委員長)、金子文夫、永岑三千輝、疋田康行、福士正博


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