Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


第8回(2013年)政治経済学・経済史学会賞
The 2012 Political Economy and Economic History Society Prize


1.授賞作品と会員氏名
*永山のどか『ドイツ住宅問題の社会経済史的研究 福祉国家と非営利住宅建設 』(日本経済評論社、2012年)
*大畑貴裕 『GHQの占領政策と経済復興 再興する日本綿紡績業 』(京都大学学術出版会、2012年)
2.授賞理由

 授賞理由
(永山のどか『ドイツ住宅問題の社会経済史的研究 福祉国家と非営利住宅建設 』(日本経済評論社、2012年)
 本書は、第一次大戦後のゾーリンゲン市で行われた住宅団地建設に焦点をあて、それを福祉国家形成と関係づけようとする試みで、第二帝政期の試みを受けついで、ワイマール期に各都市で住宅政策が強力に推進されたことが、福祉国家の本格的な展開を招いたと主張している。様々な社会層が住宅建設を媒介にしてつながっていく姿がとらえられており、福祉国家の形成過程を一都市での公益的な住宅建設を通じて描き出したところに本書のメリットがある。本書は、また研究史を踏まえた上で、ゾーリンゲン市文書館の一次史料を用いて仮説を検証した手堅い作品でもある。
 本書の分析では、若年人口の増加にもとづく結婚ブームや、少子化といった家族形態の変化が、都市で小規模住宅への需要を生み出し、それがさらに住宅政策の展開を促進したといった形で、人口学的な変化と福祉国家の展開を結びつけようとしている点が注目される。第一次大戦後の住宅団地建設の背後には、新婚世帯が親との同居を避けて独自に住居をもとうとした動きがあったという説明や、中間層をターゲットにした住宅団地に一般の労働者層が入居できたのは、労働者が就業中の子供と同居したからだという指摘などは、とかく図式的把握に終わりがちな福祉国家像に対して、様々な社会層の生活実態に即して福祉国家の形成をとらえようとする試みとして興味深い。
 1920年代の住宅供給の担い手として住宅協同組合をはじめとする非営利組織の動向に注目し、分析の主軸にした点が本書の特徴の一つである。株式会社までをも包含した非営利組織の支持基盤や、そうした非営利組織に役割を与えた市議会のあり方が史料にもとづいて分析され、非営利住宅建設が自助を基本とするドイツ的福祉政策の特徴を表現していると結論付けている。
 本書は3部から構成されており、第1部では、第1章でゾーリンゲンの金属加工業の歴史を概観したのに続いて、第2章ではゾーリンゲンの企業家の非営利の住宅建設に対する好意的態度が紹介され、第3章では市議会の各党派が非営利住宅建設を容認したことが明らかにされる。第4章は非営利住宅建設に関与した建設業者としてバウヒュッテに焦点をあてる。
 住宅政策の対象者がどのような社会層であったのかを解明する第2部の第1章では、若い夫婦層と低所得者が住宅建設の受益者となりえたかどうかが検証され、第2章では少数ではあれ労働者が新築の借家に入居できた背景として経済格差の縮小などが指摘されている。
 第3部は住宅政策のもう一つの対象者であった社会的弱者をめぐる市当局と非営利住宅建設の関係が明らかにされる。第1章では、多子世帯と戦争犠牲者が、第2章では浮浪者と浮浪者予備軍が取り上げられている。
   本書は手堅い実証の書であるが、疑問がないわけではない。本書で取り上げられた非営利組織がどういったものなのか、さらに突っ込んだ説明がほしかったし、そもそも株式会社をも含む組織を、非営利組織とみなしてよいのであろうかという疑問もだされよう。また、本書では、企業と非営利組織との接点については語られているのに、分析の対象となった非営利組織が社会民主党系の労働運動の基盤の上に発展したとされているにもかかわらず、労働運動と非営利組織の結びつきにはほとんど触れていないことも気にかかる。福祉国家形成の原動力を経営側のパターナリズムに見る本書の見方は、労働側の動きにも注目した上で検証されるべきではないか。さらに、浮浪者の住居問題として、定住し、仕事をもち、家族をもっている人たちに焦点が合わされているが、そうした人々を浮浪者もしくは浮浪者予備軍とみなすことも疑問である。
 また、ないものねだりではあるが、ゾーリンゲンの企業間関係や産業集積(産地)のあり方、あるいは労働市場のあり方といった点から、地域社会の構造を論じることが出来れば、本書の主張はさらに奥行きを増すように思われる。  こうした問題点にもかかわらず、労働者の生活と福祉国家の結びつきを具体的な事例に即して描き出そうとした試みとして、本書は学会賞に値する優れた研究と認められる。

 授賞理由
(大畑貴裕 『GHQの占領政策と経済復興 再興する日本綿紡績業 』(京都大学学術出版会、2012年))
 本書は、占領期の日本の産業復興にGHQの果たした大きな役割と、その対象となった十大紡を中心とする綿紡績業の経営戦略を、広汎な一次史料の利用によって解明することを課題としている。本書では、イギリスとアメリカの紡績業界が日本の紡績業の復活を警戒し、アメリカ政府が綿花の在庫に苦しむという国際環境の中で、GHQが日本の政府や紡績業界とは違った独自の立場に立って、米国政府と日本紡績業の調停者の役割を果たしつつ、日本紡績業の復活を強力に後押しした姿が詳細に描き出されている。
 紡績業の復興においては原料である棉花の調達と生産設備の復興が大きな問題であったが、それぞれについて米政府やGHQが大きな権限をもっており、その決定は日本紡績業の帰趨を左右した。本書は、GHQの経済科学局繊維課に焦点を当てて、その動きを克明に追うことで、GHQの政策を明るみに出している。そしてこうした事実発見を通して、日本政府の産業政策とは異なるGHQ独自の産業政策の実態を浮かび上がらせることに成功した。
 本書が扱った領域は、GHQ経済科学局繊維課の組織と政策策定の解明、紡績錘数をはじめとする紡績業の生産設備に関する意思決定、アメリカからの輸入綿花の取り扱いをめぐる問題、集中排除法の紡績業への適用をめぐる問題、そして10大紡の経営戦略の解明に分けられる。
経済科学局繊維課の役割を解明した第1章に続いて、第2章では繊維課が紡績業の生産設備の量的制限をどのように決定したかや、量的制限が撤廃されるまでのプロセスが明らかにされる。第3章は米棉の輸入に伴って日本側で統制体制が形成されたことに注目し、それによって10大紡の安定的な収益基盤が出来たと指摘している。第4章は、企業分割・資産譲渡といった、10大紡に厳しい内容を含んでいた集中排除政策が緩和されていくプロセスを追っている。そして最終章である第5章では、占領期の10大紡の経営戦略は、集中排除政策の中で形成されたとの主張が展開されている。
 これまでも占領期の紡績業についてはいくつかの優れた先行研究が存在するが、GHQの独自の役割を解明したものはほとんどなかった。また日本紡績協会による『日本紡績業の復興』、『戦後紡績史』といった貴重な記録集も、GHQの行動にまでは立ち入っていない。そうした研究の現状の中で、本書は占領当局者の史料を徹底的に読むことで今後の研究の基礎となるような信頼すべき事実発見を行なっている。その点に本書の最大の長所があると思われる。とくに、紡績錘数の決定にいたる過程や、米棉輸入をめぐる問題に関する筆者の分析は、ある種の知的興奮を誘うほどに緻密に組み立てられている。今後、日本政府や日本紡績協会といった経済団体の文書や、個別企業の経営史料の研究が進んで、本書を補完するような事実がでてくることが期待されるが、そうした際にも本書は優れた導き手になるものと思われる。
 こうした長所は、その反面、事実の羅列に終わっているかの如き印象を読者に与えかねない危険性をはらんでいる。GHQの政策が広い意味での産業政策に相当するものであり、それを戦前から戦後の日本経済の発展の中に位置付けなければならないという著者の立場は明確であるが、GHQ政策の解釈において余りに禁欲的であって、個別の事実についてももう少し議論を展開してもよかったように思われる。
 日本政府や日本の業界団体がどのように行動したかは、本書である程度明らかになったが、今後こうした経済主体の文書の発見を通して、著者の主張が検証されることが期待される。10大紡の経営戦略についても、個別の経営史料にまで下りて分析することが次の課題となるだろう。
 日本の綿業をめぐる問題は、イギリス、アメリカの紡績業界や綿花生産者、政策当局の動きともかかわっており、GHQの担当者の文書に重点をおいて研究するという本書の性格上、アメリカ側、イギリス側の文書の分析によって本書で扱われた問題が見直される余地はある。また本書は綿製品の供給サイドに注目しているが、当時の日本国内および他国での深刻な綿製品不足を政策策定に影響を与えた要因として重視することも可能であると思われる。日本の綿業に対するGHQの政策が、政治・経済からみた当時の東アジアの情勢とどのようにかかわっていたのかも、課題であろう。
 以上、本書の事実発見に触発されて、敢えて諸課題に言及した。GHQ史料を読み、それを整理することは、強い意志の持続や膨大なエネルギーの支出を要求する作業であったと推測される。本書が事実発見に重きを置き、議論を最小限に抑えていることに不満がないわけではないが、そうした議論の不足は今後著者によって補われていくものと期待できる。本書のような誠実な事実発見の試みは、高く評価すべきであり、充分に学会賞に値する優れた研究と認められる。

 



2013年10月19日

学会賞選考委員会
春日豊(委員長)、加納啓良、土井日出夫、野田公夫、森 建資


日 会員総会改正