Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


春季総合研究
Spring Meeting

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日  時 2011年6月25日(土)、13:00〜17:00
会  場 東京大学農学部(弥生キャンパス) 農学部1号館 2階 第8番講義室
テーマ 「都市の公共と非公共ー20世紀のアジア都市を手掛かりにー」
問題提起 高嶋修一(青山学院大学)
報告者と論 題 1.「上海ペスト騒動(1910)-公衆衛生をめぐる都市の社会関係-」福士由紀 (総合地球環境学研究所)
2. 「東京における中小商工業者の動向-都市小経営をめぐる「公共」と「非公共」-」谷本雅之 (東京大学)
3.「1970年代日本における公共性の転換−川崎在日朝鮮人からの問い−」加藤千香子 (横浜国立大学)
コメント
司  会 加納啓良(東京大学)・名武なつ紀 (関東学院大学)
注  意 ダウンロードした報告原稿等を著者に無断で引用することを禁止します。
趣  旨   今次の春季総合研究会は、本学会がこの数年にわたって近代社会の公共性に関わる諸問題に取り組んできた流れを継承しつつ、直接的には2010年の秋季学術大会「都市の公共性―主体・政策・規範―」との連続性を意識して企画された。同大会ではヨーロッパ都市における「公共性」をめぐって生じた社会的包摂と排除の問題について検討を行ったが、今季は20世紀の日本を含むアジア都市を素材とする。
 公共性は、その定義をめぐって論者の間で最小限の合意を形成することすら困難という厄介な主題であるが、ここではさしあたり西洋近代的な意味でのそれに限定して議論を始めたい。考えてみたい事柄は、たとえば「官(=公)―民」二元論あるいはその派生形である「官―公―民」という図式からの脱却である。官も民もその中間形態も、近(現)代社会においてはその活動を通じて社会の構成員の生活・生存の保障に積極的な役割を果たすことが期待されているという意味でいずれも公共性を帯びた存在であると言えるが、その意味で公的に提供される財やサービスは、果たしてその社会に生きる人々の生活や生存を十分に保障し得ているのであろうか。昨年秋の大会における検討は、官が政策的に提供する場合にせよ、民が市場取引を通じて提供する場合にせよ、あるいは中間的な諸団体が折衷的な方法で提供する場合にせよ、公共的な関係を通じた財やサービスの提供が常に社会的包摂と排除の契機を内包するものであったことを示唆している。
 ここでアジア都市空間に関する予断を敢えて試みるならば、そこには社会的な包摂と排除が、ヨーロッパ都市と比較してより一層多様かつ明示的に見出されるであろう。西洋近代的な市民社会(civil society)秩序が移植された空間で、人々は、国籍やエスニシティ、伝統社会における出自、植民地都市であれば本国人と移民の相違やそれら内部での階級など様々な基準によって分け隔てられており、場合によっては移植された公共的関係に入れない/入らない者も少なからずいたであろう。ただ、そうした人々もまた何らかの関係を通じて生活や生存を維持したことは言をまたない。公共性は限定された範囲にしか通用せず、それと併存して、たとえば私的で、たとえば経済的に合理的とは限らず、たとえば権威や徳義や相互の信任や承認といった客観化され得ない要素が人々の思考や行動を左右するような関係性が広がっており、社会の再生産に一定の貢献をしていたのである。
 こうした現象は通常、近代社会と伝統社会の遭遇にともなう一時的・過渡的な現象と理解され、伝統社会に系譜を持つ社会的諸要素はやがて近代市民社会秩序の普及・拡大によって消滅する、あるいはすべきものと考えられてきた。例えばかつて増田四郎が近代日本都市の中に近代市民社会的な公共性の欠如を指摘した際に前提したのはこうした見方であって、それは同時代的には対抗学説であった丸山政治学や講座派歴史学などとすらも通底する、戦後社会科学の特徴であったと言ってよい。ただし、そうした諸要素が単なる前近代の残滓としてのみ理解されてきたわけではないことにも注意を払っておくべきであろう。日本経済史を例にとれば、例えば「講座派」的な見方においては、それを「半封建的」範疇と位置づけて日本資本主義=社会を存立させた構造的な柱であると把握していた。
 これに対し本学会が近年展開している議論は、かつて「半封建的」と呼んだ社会的諸要素を積極的に社会構造の中に定置しようとする点で講座派的議論の系譜を引く一方、それらをいずれ解消されるものと必ずしも捉えない点に独自性を持つ。例えば2006年度春季総合研究会の成果である小野塚知二・沼尻晃伸編著『大塚久雄「共同体の基礎理論」を読み直す』(2007年)においては、「近代的公共」と「共同性」を二項対立的に捉えるのではなく、両者の共存/相互補完関係に着目する視点が打ち出されている。発生史的には前近代の系譜を引く社会的諸要素が近代社会においても積極的な意義を保ち続けたという議論は近年の都市史研究においても示唆されている。
 明文化されない不透明で属人的な何らかの非公的な社会関係が存在し、それが公共的関係に完全には包摂され得なかった人々の生活や生存を一定程度保障し得る状態が持続的に存在するとき、それを単なる過渡的状態と片づけることは適当でなかろう。そうした関係が時代と場所によって多様であったことを認めつつ、やや乱暴ながらここではこうした関係性をさしあたり非公共的関係と一括してみたい。そして、それらと公共的関係との関係に着目しながら公共性の意義と限界を逆照射し、それらが併存する状態として近代社会の再把握を試みることを、本研究会の大きな目標としたい。
 報告は歴史的視点からの分析が主となる。第一報告は1910年代の上海における衛生政策をめぐる問題を扱う。第二報告は東京における中小商工業者の動向を扱う。第三は1970年代の川崎におけるスラムの問題を扱う。いずれの素材においても、人々の生活や生存をめぐって公共的関係と同時に非公共的関係が一定の役割を果たしたこと、そして両者の間には、前者が後者を解消または包摂しようとしたり、後者が前者に敢えて組み込まれようとしたりするなど複雑な関係が存在したことが見いだされるであろう。人々は生活や生存の維持に必要なサービスや財をどこまで公共的関係を通じて調達し、また調達し得なかったものはどのような非公共的関係を通じて調達したのか。また、そうした公共的関係に対し、それへの包摂を望んだのか、あるいは拒絶したのか。こうした事柄を明らかにすることで、近代アジアの都市社会における公共性の意味を問い直すことが可能となるであろう。
 誤解のないように断っておけば、ここで目指すのは単なる「前近代的」な共同性への憧憬を喚起することではない。想定される非公共的関係は、その内部に主体間の緊張を抱え、かつ公共的関係との間に相互規定的関係を持ちながら近代社会の構造的一環をなす、動態的かつ歴史的な存在である。こうしたものとして非公共をとらえ、公共性を問い直すことは、ヨーロッパ都市と比較した場合のアジア都市の特質を明らかにすることはもちろんであるが、一見すると近代的公共性の原理が貫徹しているかに思われる近代ヨーロッパ社会の再評価にもつながる可能性を含んでいる。本研究会の議論の射程がそうした「近代市民社会の隠し田」にまで及ぶのならば、その目的は十二分に達せられたことになろう。
*報告フルペーパーが事前に学会ホームページ(http://wwwsoc.nii.ac.jp/seikeisi/index.html)に掲載されますので、予めご参照ください。
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