Political Economy & Economic History Society

政治経済学・経済史学会


春季総合研究会
Spring Meeting

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日  時 2018年6月23日(土)13:00〜17:00
会  場 東京大学経済学研究科棟 地下第1教室
テーマ 財産権と経済活動
報告者と論 題 1.齋藤邦明(和光大学)「日本の土地所有権の特質と制度変容−新潟県を事例に−」
2.小林延人(首都大学東京)「明治国家による債権の認定と経済活動−藩債処分を事例に−」
3.西村成弘(関西大学)「特許審判制度と産業発展」
4.結城武延(東北大学)「昭和金融恐慌における銀行破綻と社員権の整理−加島銀行の事例−
コメント 1.財産権と経済活動−法律学の見地から− 田中亘(東京大学)
2.財産権と経済活動−経済学の見地から− 有本寛(一橋大学)
司  会 伊丹一浩(茨城大学)・今泉飛鳥(埼玉大学)
注  意 ダウンロードした報告原稿等を著者に無断で引用することを禁止します。
趣  旨 今次の春季総合研究会では、財産権を物権(所有権など)、債権、知的財産権(特許権、商標権など)、 社員権(株式など)、を含む包括的な権利概念として規定し、それぞれの権利関係に目を向けながら経済現象を分析する。
 一般に、財産権を国家が保護することによって、財産の所有や使用などが権利として保障され、利潤を追求する経済的インセンティブが働くようになると考えられている(ノース[1980])。日本においても、近代国家の形成過程において、公権力が財産権を保護する制度設計を行ったため、財産権の保護と市場経済の継起的拡大が同時に進行したとされる(中林[2013] )。
 近世日本の債権を例にとれば、幕府は仁政として金公事(貸借をめぐる訴訟)を扱うことがあっても、 他方で訴訟を受理せずに当事者同士での解決を命じる相対済し令も度々出された。その意味で商人の債権は公権力によって十分に保護されていなかった。その後、明治期に司法制度が本格的に整備されると、あらゆる債権者は債務不履行の際に、裁判所に対して損害賠償を訴え出ることが認められるようになる(民法第415条)。近代的法体系が日本の産業革命に与えた影響を十全に説明することは実証分析の範疇を大幅に超えているものの、ノースが述べるような、公権力による財産権の創設・保護が、経済組織の効率化を促し、経済成長につながったというモデルにあてはめて理解することは一面で可能である。
 ところが財産権を保護しないことによって、むしろ技術革新の伝播が促される場合もある。特許権に関して言えば、特許を取得した人間に特許料を支払わなければならない社会よりも、無償で自由に様々な技術を使用できる社会の方が、技術伝播は一層円滑であろう。もちろん、そのような社会で技術革新につながる発明が起こりやすいか否か、そうした技術が公開されるか否かが問題であるが、そもそも人間の創造的営みやその発露において、経済的な利潤が行動のインセンティブになるとは必ずしも断言できない。
 また、経済活動の秩序を維持するものは、公権力による法的強制力のみではない。たとえば近年では、 幕府司法による債権保護が不十分であった近世日本においても、仲間の結託などを通じた重層的な秩序の下で、一定の債権保護の慣行が保たれていたことが指摘されている(岡崎[1999], 高槻[2012])。これは、領主や政府・地域行政など公権力の法的強制力によって生じる秩序(「公的秩序」)と、経済主体相互の取り決め、あるいは共同体や同業者組合など民間の規制によって生じる秩序(「私的秩序」)が、相互補完的に経済活動を正常化する事例として理解できる。逆に、官民有区分と入会地慣行のように、「公的秩序」と「私的秩序」が鋭く対立する局面も想定できよう。
 公権力による財産権保護は取引慣行をめぐる旧秩序に変容を加える行為であり、それが経済発展を促すことは自明ではない。そこに因果関係を見出すためには、財産権の設定の仕方と実際の経済活動との対応関係を歴史的事例から拾い上げ、そこから財産権をめぐる「公的秩序」と「私的秩序」の関係性を考察することが必要である。
 如上の問題関心から、ここでは二つの問いをたてた。まず一つ目は、財産権の設定と経済活動との関係性はどのようなものか、という問いである。財産権が保護されることによって、経済活動主体のインセンティブが発揮され、経済組織の効率化につながるという「インセンティブ論」は、厳密には実証されていない。歴史的に見て、財産権はどのように設定され、そしてそれが実際の経済活動、ないしは社会的厚生にどのような影響を与えてきたのだろうか。そして二つ目は、公権力による財産権の設定とそれ以外の「私的」な秩序との関係性はどのようなものか、という問いである。もし「私的秩序」が十分に機能するのであれば、財産権の法定は必ずしも経済発展にとって必要不可欠の要件とはならない。公権力の財産権設定によって生まれる「公的秩序」と、それ以外の「私的秩序」との関係性(補完関係/緊張関係)はどのようなものだったのだろうか。
 ほかにも想起すべき論点は、財産権と生存権の相克をどう評価するか、近代的所有権の成立をどのように定義するか、権利主体(潜在的受益者)は代議制などの政治体制を利用してどのように政府を抑制したのか、など多岐に亘るが、議論を整序する目的で、前述の問いをあらかじめ討論の要点として提示しておく。
 本年の春季総合研究会では、財産権の中で最も早くから発展した物権のみでなく、債権・知的財産権・社員権を含めて総合的に検討を加えられるよう、各報告を構成した。さらに、日本経済史・経営史を専門とする報告者諸氏に加え、商法・会社法を専門とする田中亘氏と、現代途上国の農業経済および日本農業史を研究領域に抱える有本寛氏がコメンテータを務め、実定法学および開発経済学の議論との接続を図る。こうして法学(法社会学・法と経済学)、経済学(比較制度分析・開発経済学)、歴史学(法制史・経済史)、それぞれの専門領域の研究者間で対話可能な議論の土壌を構築することに努めたい。
 各報告は実証的な分析手法を用いるため、物権・債権・知的財産権・社員権のすべての領域を捕捉することはできない。しかし個別事例に基づきながらも、時代的・地域的普遍化につながるような、活発な議論を期待したい。

〈参考文献〉
D.C.ノース・R.P.トマス/速水融・穐本洋哉訳『西欧世界の勃興』(ミネルヴァ書房、1980 年)、岡崎哲二『江戸の市場経済』(講談社、1999 年)、高槻泰郎『近世米市場の形成と展開』(名古屋大学出版会、2012 年)、中林真幸編『日本経済の長い近代化』(名古屋大学出版会、2013 年)



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